ぱるばか日誌 2017
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今どき文語
 むかし良く言われた「言文一致」。
 口語と文語を一致させるということだ。
 オレなんかの文章もそうだが、最近はかなり一致してるから、あまり意識されることもない。
 でもときおり見かけられる言文不一致。いちばん目立つのは海外女性発言の翻訳だろう。

 昨日オリンピックの競泳でアフリカ系女子が優勝した。アメリカ黒人では初の快挙らしい。
 日経に載った彼女の談話に曰く、「このメダルには大きな意味があるわ。アフリカ系米国人みんなのものよ」(共同通信)

 ありえねぇ
 今どきの日本女子、インタビューで「あるわ」なんてずぇったいに言わねぇ
 柔道やレスリングの選手を考えてみよ。
 セーラームーンじゃあるまいし。

 ま、しかし、原文は英語だからな。
 それもきっとヤンキーな感じで発言するんだろうから、記者としても難しいところだろう。
 まあ、オレだったら、穏当に…
 「このメダルには大きな意味があります。アフリカ系米国人みんなのものです」
 とやるだろうな。
 これだったら日本女子の発言としても、ありうる感じ。
ギリシア文明発祥のナゾ
 二週間ほど、ギリシアに行ってきた。
 夏のギリシアはたぶんこれが初めて。
 「たぶん」というのは、昔ずいぶん行ったので記憶が定かでないのだ。

 ギリシアというのはヨーロッパ文明の発祥地と言われている。
 もともと、エーゲ海のクレタ島やキクラデス諸島を中心にミノア文明が華開いていた。これはメソポタミアやエジプトの影響を受けた非ヨーロッパ系の文明だ。そこに4000年くらい前からかなあ、コーカサスあたりから順次、印欧語族が南下してきたのだ。そして先行の文明を吸収しつつギリシア文明を築き上げる。

 今回、夏のギリシアを訪ねてひとつ、発見したことがある。
 気温は35℃にも達するのに、蚊がほとんど居ないのだ。
 だから、裸に近い格好で野外に居ても、たとえ夕方であろうと、蚊に食われるということがほとんどない。
 これがウチ(東京五日市)あたりとの劇的な違いだ。ウチだと、五月連休から十月末くらいまで、日中ですら野外で数分と素肌を曝せない。ヒトスジシマカ(ヤブ蚊)の攻撃でボッコボッコだ。夜は夜でアカイエカの天下。

 蚊というのは、現在、人類最大の難敵だ。マラリアを始め、デング熱、ジカ熱など、これほど我々に害を及ぼす動物はいない。そもそもあの痒さは容認しがたい。

 蚊の少ない北方を揺籃の地とする印欧語族は、きっと蚊に体する抵抗力は小さかったことであろう。
 そんな彼らが、北方で培われたバイタリティをそのままに、温暖なギリシアに移動してきたから、そこにあのような文明が華開いたのだ。そしてその一要因として、蚊の非存在が大きかったのではあるまいか。
 そうであったればこそ、ソクラテスも布切れ一枚まとってアゴラでフィロソフィアに興じられたのであろうし、青少年も素っ裸でギムナシオンに集うことができたのだ。アレオスパゴスの丘に集ったアテナイのデモクラシーも、案外そんなところに源があったのかも。(環境変動がなかったらの話だが)
BREXIT 第三の見解
 イギリスのEU脱退。
 オレもかつて一年近くロンドンに滞在したからな。
 それなりの関心はあるわけだ。

 オレの旧友に、南日本の某国立大学教授が居る。イギリス人だ。
 英国貴族の末裔で、日本滞在三十有余年という、天然記念物級レア種だ。
 マスコミ上では英国各界の反応について様々に報道されているが、彼のごとき絶滅危惧種はどのように感じているのか?
 その見解を聞いてみた。
 すると、どっちでも良いとのこと。

 う〜ん、なるほど。
 政治家連中やマスコミなぞは、騒ぐほど注目を浴びるし、売上も伸びるからな、オレなんかもついそれに乗ってしまうわけだが、確かに、どっちでも良いのかもな。
 国論を二分したというが、投票率は72%ということで、「二分」以外の三分目も相当数いるということだ。
 もっとも某教授は、かかる発言のせいで家族からブーイングを浴びているらしいが。
禿と適応進化
 なぜ男は年を取ると頭髪が薄くなるのか。
 かつて読んだ某書によれば、禿げると女にモテなくなり、浮気の機会が減じ、家庭に専念せざるを得ないので、結果的に子孫を残しやすい…のだと。
 う〜ん、どうなんだろう。

 先日、新聞に「ビタミンD生成に要する日照時間の推定」という記事が載っていた。
 ビタミンDは日光浴によって増加するが、現在の日本人は日光浴不足のため慢性的にビタミンD欠乏に陥っているという。
 記事によると、一日に必要とされる5.5μgのビタミンDをすべて日光浴から得ようとすると、その日光照射時間は、冬期の真っ昼間だと、札幌76分、つくば22分、那覇7分だそうだ。これは昼12時の値で、太陽が傾く15時だと札幌の場合2741分(46時間!)という不可能な数値になる。
 ま、ビタミンDは食物やサプリからも得られるんだが、慢性欠乏の現況下、日光を浴びるに越したことはないわけだ。

 で、ひとつ注目すべきは、この研究に際して前提とされた「日光を浴びる部位」。
 「大人の両手の甲と顔を合わせた面積に相当する600 cm2」ということだ。
 大人の顔ってったって、個人差があるだろう。たとえば、アイヌの長老の顔は、半分以上髭で蔽われ、日光は当たらないではないか。とりわけ日光浴が必要であろう北海道なのに。
 それで思い出すのが、成年男子の禿頭だ。これは髭の代償なのではないか。

 人類は、北に行くほど禿が多いように思える。
 アフリカ人に禿は少なく、禿げていると尊敬されるという。
 ヘロドトスも「歴史」の中で「ギリシア人はエジプト人より禿が多い」と述べている。その理由は彼によると「ギリシア人は帽子を被るから」ということだが、実際は彼らが北方からの南下民だからだろう。

 先週、オレはインドへ行って、野外の建築現場に数日通ったが、乾季の北インドは毎日24時間快晴。気温はすこぶる快適だったが、タイヘンだったのが頭皮への太陽直射だった。
 頭皮は顔や両手より、よほど日光を浴びるのである。顔がどこを向いていようと、頭にはもれなく日が当たる。
 ビタミンD生成効果も全身皮膚中、随一であろう。

 ビタミンDには「骨の生育に必須な血中のカルシウム濃度を高める作用のほかに、免疫作用を高めたり、さまざまな病気の予防効果がある」んだそうだ。
 古代人は今みたいに毎日髭を剃ったりしなかったはず。失われた日光照射面積を補うため、頭髪を薄くし、健康増進を図るという選択もあったのではないか。
 「禿は房事が強い」という俗信の根拠もそのあたりにあるのかもな。
標準レンズ
 べつに写真の趣味があるわけじゃないが、仕事上必要なので一眼レフを使っている。
 現在、Nikon Dfに、古〜いNikkor50mm F1.4とTAMRON A010(28-300mm)ズームの二本。

 広角レンズは広くたくさん写るので便利だが、遠近感が強調される。
 それで、肉眼と同じ遠近感で撮りたい時は、標準レンズか、ズームの50mmあたりで撮影していた。
 しかし、今日、面白いことを発見。
 ホントに標準レンズが肉眼と同じ遠近感なのか?
 どうもそうじゃないみたい。

 ズームを装着して、ファインダーを左目で覗き、右目を裸眼のまま、両目で風景を見て、ズームを調整してみた。
 すると、左右の目の像が一致したのは、80mmあたりであった。近景も遠景もぴったり。
 う〜む、50mm前後のいわゆる標準レンズは、じつは広角系なのか!?

 標準=肉眼の遠近感、というのは、勝手な思い込みなのかもな。
 写真ってのは写ってナンボだから、多少遠近感が不自然でも、たくさん写ったほうがいいのかもしれない。
 それで標準レンズってわけか!?

 ま、オレのTAMRONズームではそうだったという話。
 こういう測定法って、当たってるのだろうか!?
 
済州島に行く
 済州島でエイサーをやるので、教えてくれないかという話があった。
 それは面白いと思った。
 エイサーというのは沖縄の太鼓踊りだが、沖縄と済州島とは共通するものがあるような気がしたのだ。
 どちらも本土の南方にある離島で、独自の文化を持っている。
 日韓関係が面白くない昨今、沖縄と済州島との関係に、何か糸口があるのではないかと思ったわけ。

 済州島でエイサーをやりたいという人々は、京都、それも綾部の連中で、オレにとってはいささか遠いのである。
 まあ教えるだけなら良いかと思っていたら、員数が足りないから出てくれという。
 仕方ねぇ、乗りかかった舟だからな、済州島見学がてら、自分も踊ることにする。
 あ、言い忘れたが、前世紀、オレはOshoエイサー隊の隊長としてウパニシャッド(喜納昌吉)&チャンプルーズの舞台に何度か立っていたのである。インドOshoコミューンのブッダホールでも踊ったりとかな。
 今週末、その済州島イベントがある。JEJU平和祭2014というやつだ

 せっかく済州島まで渡るのであるから、二三冊、本を読むことにする。
 面白い本があった。
 呉善花著『海の彼方の国へ 日本をめざす韓国・済州島の女たち』ってやつ。
 呉善花というと「親日派」ということで韓国では目の敵にされているらしいが、オレと同年。本人も済州島の女。
 道理でな。
 半島(韓国本土)と済州島は、文化的にかなり違っているようだ。
 その筆頭が、「女が強い」ということ。伝統的に女の方が経済力があり、一家の大黒柱なのだ。女がメッチャよく働く。男を養うのが女の甲斐性みたいなところがあるらしい。夫はぶらぶら子守をしたり、仲間うちで酒を飲んで談義したり。このあたりが夫唱婦随の儒教的な半島と違う点だという。かなり母系制の要素があるのだ。

 母系制と言えば、これからの世界、それがひとつのポイントなのではあるまいか。
 現代社会をザッと見回すに、角突き合わせているのは、すべからく父系的残滓であろう。日韓しかり、日中しかり、イスラム国しかり、イスラエル・パレスチナしかり、ロシア・ウクライナしかり…
 日本国内でも、たとえば、沖縄なぞ母系的伝統のいちばん残っているところではあるまいか。
 だから男たちには勝手に戦争させて滅びるにまかせ、裏で沖縄と済州島が手を結ぶことでやりなおす ― ってのが面白いんじゃないかと思う。
 
 
あきつしまの秘密
日本の古名をあきつしまという。
あきつとはトンボのことだ。蜻蛉洲(あきつしま)と書かれたりもする。
なんでこの国が、松や桜や蝶々じゃなくて、トンボのシマなのか?

オレは余暇に、畑仕事をする。
心身の健康に良いし、野菜はウマいし、生ゴミを有効利用できるし、近所づきあいにも便利。
ただ、夏場は少々辛い。
なぜかと言うと、暑いからだ。
朝も八時を過ぎれば太陽は中天から容赦なく照りつけ、流れる汗は滝の如くだ。
それで先日、朝五時に起き出して畑に出てみる。
確かに涼しいんだが、大きな障害に遭遇した。
虫だ。
ひこばえみたいのが大量に、まさにウンカのごとく身体に纏わり付くのである。
たまらず、防虫ネットを頭からかぶって仕事をする。
そのせいで空気がこもり、暑気は増し、ネットが邪魔で汗も拭えない。
しかもひこばえの一部はネットの中まで容赦なく入り込んできて、顔を刺すやつもいる。
先日はまぶたと耳をやられた。
まだ滝汗のほうがマシである。

朝も八時半を過ぎると、そういう嫌な連中もすっかり雲散霧消する。
なぜか。
天敵がいるからだ。
この時期はウスバキトンボが悠々とパトロールを始める。
精霊(しょうりょう)トンボとも呼ばれる薄黄色のトンボが幾匹も周囲を遊弋し、中国機みたいにすぐ近くまで寄ってくる。
おそらく、人間の近くには餌になる小昆虫が多いということを知っているのであろう。
そのせいで、周囲はまったく害虫フリーになる。
我が最大の天敵であるヤブ蚊すら消え去る。
それで半裸になっても農作業に勤しめるのである。
これは快適だ。陽は照っても、爽風に慰撫され、自然との一体感も増す。
農作業もはかどるというわけだ。

昆虫は地球上で最も成功した動物と言われる。
ビル・ゲイツ(!?)の最近の報告によると、人間にとって最も危険な生物は、トラや狼やサメじゃなくて、蚊なのだそうだ。なんたって我々の血を吸って生きているんだからな、食物連鎖の頂点だ。
昆虫であるがゆえに、我々のまともに立ち向かえるような相手ではない。
虫を以て虫を制するほかあるまい。
それがトンボだというわけ。
古来より、最凶の敵から国土を守ってくれてきた存在、それがトンボ。
それであきつしまっていうわけじゃ、あるまいか。
印度娘との夕餉
ウチにインド娘S嬢(18歳)が滞在している。
弊社スタッフR君の妹だ。
それで現在、拙宅は四人住まいだ。R君、S嬢、Sh(日本人♀)、オレ。
S嬢は二週間前に来日。一年間日本語の勉強をして、後々、弊社のスタッフとして頑張ってもらう算段である。

それは良いんだけど、同居人Shと、兄のR君が、先日、インド出張で渡航してしまったのである。
この二人は、料理が得意なのだ。
残されたオレとインド娘は、いったい何を食って過ごすのであろう!?
どちらも料理なんてできないのである。

そして今日が二人の初ディナーとなった。
同居してるわけだから、別々に食うっていう寒々しいことはしたくない。
仕事が終わり、弊社からの帰り道、二人で地元のスーパーに寄る。
魚売場に、刺身の盛り合わせがあったので、これを食わせてみようかと購入。

オレにできる料理は、味噌汁とヌカ味噌漬け。
米飯+味噌汁+漬物があれば、最低限の食事にはなる。
インドも同じだ。米飯+ダール(豆カレー)+アチャール(漬物)。これさえあればオレなんか大満足だ。
そこで今日は、娘に味噌汁の作り方を教え込む。
具は拙畑の野良坊(かき菜)と凍み豆腐だ。
飯の炊き方は先日教えたので、今日は娘の担当。

というわけで、今夜、食卓に並んだものは…
米飯、味噌汁、ヌカ味噌漬け(これも野良坊)、刺身、鶏の唐揚げ(これは娘が昨日自分で買ったもの)。
けっこうな御馳走ではないか!?
で、娘が何を食べたかというと…
ポチマンマと、鶏の唐揚げ。
味噌汁は幸い、口に合ったようだ。ただ、日本式の食べ方は難しいようで、米飯にかけて食っていた。(碗から汁を直接すするという食い方はインドにはない)
刺身には手を付けない。
ヌカ味噌漬けも一口だけで、その後寄り付かない。

というわけで、なかなか予測は難しいのである。
高校を出たてだしな。健気にぐゎんばっているのである。
ま、キミがインド娘と二人だけで夕餉ってのもそうちょくちょくはあるまいが、日印関係の緊密化も予想される折、何らかの参考にはなるであろう。
食後しばらくして美味いマサラチャイが出てきたのは、役得と言うべきか。


小松菜の数奇な運命
物事には光と陰がある。
たとえば、今年二月の大雪。
各地に大きな被害をもたらし、拙宅の太陽光発電量も激減。これは陰の部分。
一方、拙畑の小松菜など、光の部分であろう。

秋まきの小松菜は、冬を越えると、花芽が出る。
これを春一番の野菜として食すわけだ。
今年の大雪で、拙畑は小松菜もろとも半月あまり雪に埋もれる。
雪に埋もれると、菜っ葉は風味が増すみたいだ。
今年の春小松菜はめっちゃ美味であった。

その美味なる小松菜をインドで奮闘している同居人Sに食わせようと、今月4日、すなわち四日前の朝、早起きして菜を摘み、小さなスーツケースに詰め込む。
そして、同日夕刻、MU(中国東方航空)便にて、インドに向け飛び立ったのであった。
上海経由でデリー空港に降り立ったのが、草木も眠る午前2時。ここまではわりあい順調であった。
ところが、待てど暮らせど、受託手荷物が揃わない。ひとつ欠けている。菜っ葉を詰め込んだ小さなスーツケースだ。
結局、乗り換え地点の上海で積み残されたらしい。
オレも世界を駆け巡って三十有余年になるが、手荷物が出てこなかった記憶は、ちょっとない。
さすがMUである。しかもビジネスクラスだぜ。

手荷物カウンターで不着届を書いて、後を託す。
荷物は最寄りの空港まで届けてくれるんだそうだ。
我々の最寄り空港はデラドン。北部の地方空港だ。
しかし、中国からインドの地方空港だぜ。ホンマに届くんだろうか。

で、数度の電話でのやりとりの後、3日後の今日、なんとかデラドン空港に届いたのであった。
小さくて軽いスーツケースであったが、よほど手荒な扱いを受けたのであろう、ちょっと変形し、把手のスライドも動きに支障が出ている。
なのにMUからは何の挨拶もない。菓子折のひとつでもつけりゃいいのに。
やっぱこのエアラインはヒトには勧められないな。
ただオレはMUには二度ほど危機的状況で助けてもらってるし、中国好きでもあるから、これからも使うだろうが。安いしな。あ、それから、上海デリー便で週二日ほど33Eを飛ばすが、このCクラスはJALなどよりよほど快適である。

で、菜っ葉だ。
小松菜のほか、五日市名物ののらぼうも同時に収穫して入れてあった。
収穫して四日。腐って、汁が滲出し、同梱していた出張用ビジネスウェアが台無しになってたらどうしよう…とか一抹の心配もあったり。
ところが、わりかし元気に生きていたのである。一部、花が咲いてたりして。
そして今夜、Sが油炒めして、みんなで食す。やはりめちゃウマだった。
雪の下に半月、そしてスーツケースに四日。日本からインドまで3656マイル。
ま、結局食われちゃったわけだが、小松菜の数奇な運命であった。
愚父の趣味
 電気自動車は冬に弱い。
 暖房をつけると大幅に電力を消費し、弱点である航続距離が更に短くなる。
 なるべく陽光の下を走るなど、様々な工夫が必要になるのである。

 で、明日、信州上田へ帰省の予定。
 数々の困難を乗り越え電キャブで乗りつけて、愚父に見せびらかそうと企む。
 興味を持っていたからだ。
 片道200km近くあるので、綿密な走行計画が必要だ。 
 途中には碓氷峠もあるしな。

 道路状況を確かめようと実家に電話すると、母が出る。
 愚父は車で街に出ているという。
 よくよく話を聞くと、それがやはり電キャブであるらしい。
 オレと同じ三菱のミニキャブミーブだ。
 何でも、愚妹と共謀して最近、手に入れたのだという。
 それを嬉々として乗り回しているのだ。

 商用車だぜ、アレは。よりにもよってあんな売れてない(たぶん)クルマを…。
 というわけで、我が企みもあえなく水泡に帰するのであった。
 しかし、へんなところで、親子というのは趣味が共通するものだ。
 (どうせだったら電トラにすれば良かったのに)