ぱるばか日誌 2017
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ギリシアの飯
 西洋文明発祥の地なわけだから、ギリメシは「元祖・洋食」ということになるだろう。
 そのワリには、あまり知られていない。
 オレもムサカやスブラキくらいしか知らなかった。
 おそらくトルコなど外国勢力による支配が長く、社会的な発展が遅れ、料理も進化しなかったのであろう。

 だが、基本となる食材は、ウマい、と思える。
 そもそも、小麦や牛、ブドウといったオリエント起源の食材は、まずギリシアに伝わり、それから西洋諸地域に伝播したものであろう。

 「人間はパンのみに生くるにあらず」。この聖句はもともとギリシア語で書かれている。
 そのくらい長い伝統を持つものだから、ギリシアのパンはウマい。
 特に、表面のカリカリのウマさは、フランスパンをも凌駕する。イギリスパンは言わずもがな。
 米やパスタは無いが、別に何の不自由も感じない。

 濃厚なギリシアのヨーグルトは、最近、ウチの近所のイオンでも売っている。
 イオンの「ギリシア・ヨーグルト」は「ブルガリア・ヨーグルト」もビックリの価格だが、ギリシアではごく普通の食材だ。言うまでもなく、メッチャ滑らかで美味。単品でもじゅうぶん朝食の主座を占める存在感がある。
 更には山羊乳から作るフェタ・チーズ。ギリシア・サラダを頼むと、コレが上にデーンと載っかってくる。野菜の量はハンパないが、フェタと一緒なら箸(フォーク)も進む。オリーブの実と油が食欲を増進させる。

 そしてギリシアにはディオニュソス、酩酊と葡萄酒の神がいる。
 ギリシアワインと言えば、レツィーナ。
 これは好き嫌いあるだろうな。松ヤニ入りの白ワインだ。ギリシアでは広く流通している。だいたいどこのタヴェルナ(飯屋)にも常備されているし、酒屋にも置いてある。
 あんまり酒の飲めないオレであるが、コレには病みつきになった。冷やして飲むと、ギリシア飯にはぴったり。
 三銘柄ほど試してみたが、クルタキ(Kourtakis)が一番好きだったかな。これはおそらく同国で一番大きなレツィーナ酒蔵で、日本でもたまに売っている。
 ちなみに、ギリシアから買って帰りたい人は、アテネ空港の免税店が一番安くて便利。(3.5ユーロ)

 パンとギリシアサラダとレツィーナと、それからあと一品あれば、二人分の夕食には充分だ。基本食材がウマいから、毎日同じでも飽きない。よくわからぬメニューと毎回格闘する必要もないから、ラクだ。
ミロのヴィーナス
 前にも書いたが、Durexというゴム会社の調査に「世界各国のセックス頻度と性生活満足度」(2005年)というのがある。主要41カ国を調べたものだが、それによると、セックス頻度最下位はなんと我が日本国で、年に45回。
 トップはギリシアで、年に138回だそうだ。
 何をもって1回と数えるか定かではないが、ともあれ、ギリシア人は日本人の三倍セックスをしている勘定になる。
 この差はいったい何なのか? 今回ギリシアを訪ねて、鋭意、そのナゾを探ってみた。が、よくわからない。
 まぁ結局、彼らの方が我々よりセクスィなんだろうな、きっと。
 「ミロのヴィーナス」と我が信州「縄文のヴィーナス」の違いみたいな。

 そのヴィーナスの発見地、ミロス島を訪ねた。
 多島(エーゲ)海の、それほどメジャーじゃない島から、なぜあのような大理石像が発見されたのか。ちょっと不思議である。
 パリ・ルーブル美術館の至宝。今まで一度だけ館外に持ち出されたのが、1964年の日本展示だったそうだ。その際オレも東京の国立西洋美術館で観ている。(子供だったから、意味もわからず)

 ミロス島は、多島海の戦略的な位置を占め、古代にはひとつの中心地だったようだ。
 海を望む斜面に、大きな劇場の遺跡が今でも残っている。その古代劇場の右上に位置する農地から、ヴィーナスは発見された。(ローマの女神Venusの英語読みであり、ギリシアではAphroditeと呼ばれる)。
 発見地といっても、別に何があるわけじゃない。「ここでミロのヴィーナスが見つかった」という小さな標識があるだけだ。その標識すら見つけるのは難しい。
 もともと、おそらく戦乱を避けて、誰かがアフロディテ像を埋めたのだ。それがホントに「愛と美の神」アフロディテ(ヴィーナス)だったのかもわからない。
 二千年後、地元の農夫が偶然に見つけ、財力と鑑識眼のある外国勢力に(おそらく二束三文)で売却する。それがルーブルに収められ、今、モナリザとともに二枚看板になっているというわけ。

 そうした歴史を秘めた静かな島だ。サントリーニ島など大観光地を席巻する中国人ツーリストもまだ居ない。
 宿を切り盛りする気の良い若者はアーレスという名前だった。ギリシャ神話の戦いの神。英語ではMartinに相当する。日本語ではさしずめタケシ君か。地元サッカークラブの赤いキャップを被り、やっぱセクスィであった…(かも)
 そういえば、ギリシア神話では、アーレスはアフロディテと密通したのであった。そうやって回数を稼ぐのかな!?
 
まほろばの室賀郷
信州上田の実家に居る。
今年、上田人民はちょっとしたお祭状態だ。
NHKで毎週日曜日ドラマ「真田丸」が放映されているせいだ。
オレももちろん、観ている。
インドにいて観逃した時には、帰国後にNHKオンラインで観ている。

先週放映の第11話で、室賀正武という土豪が真田に謀殺される。
真田昌幸のライバルだったそうだ。
実家のすぐ近くに、室賀という地籍がある。小さな山あいの里だ。
室賀氏はここを本拠としていたようだ。
近所にそんな人物がいたとは知らなかった。
劇中では「黙れこわっぱ!」と真田信之を何度も一喝している。(最近、流行語になっているらしい)

原住民ですら知らぬマイナー武将。
ドラマで劇的に取り上げられたゆえ、ちょっと寄り道で訪ねてみた。
小さな禅寺に室賀家の墓所がひっそり営まれている。
山陰に、小振りな古い石塔が四つほど佇む。
ここに室賀正武が葬られているのかと寺の奥さんに尋ねると、確証はないとのこと。
敗者の末路として、一家郎党は離散し、室賀の郷に室賀姓の家は残っていない。
ただ、地元の古老によれば、室賀家の末裔は江戸時代に佐渡奉行にまでなっているらしい。
室賀郷の中ほどにあった室賀家の屋敷跡には、今、地区の寄り合い場が建っている。屋敷の遺構は何も残らず、ただ、「大河ドラマ真田丸」という赤い旗が四つほど掲げられている。室賀氏にとってはさぞや口惜しいことであろう。

この室賀郷にはオレも幼少のみぎり、お世話になっている。
保育園の担任の先生が室賀人だったのだ。
保母になったばかりのかわいらしい人だったが、オレもきっと気に入られていたのだろう。
或る日、室賀にあった先生の実家に泊めてもらったのだ。
そして、あろうことか、その夜、先生と一緒に風呂に入ったのである。
でも、とりたて、何も感ずるところがなかった。
風呂場の木の感触しか覚えていない。
不思議だ。(やり直したい!?)
バリ・諏訪・福島
 春節を数日後に控えた中国では、空前の海外旅行ブームなんだそうだ。
 その人気旅行先の第一がタイ(のプーケット)、第二がバリ島らしい。(ちなみに日本は人気第六位)
 縁あって、そのバリ島に行った。確かに中国人でいっぱい。島中に春節を祝う赤提灯がぶら下がっている。もうじき日本もそうなるかもな。

 旅に出たら、少なくとも挨拶くらいは土地の言葉で行きたいものだ。
 で、昔取った杵柄で、スラマット・パギーとか言ってみる…(オハヨーという意味)
 が、それはインドネシア語であって、現地語ではないのだ。
 バリにはバリ語があって、それはマレー半島起源のインドネシア語とはまるきり違うらしい。
 バリ語には一日中使える便利な挨拶がある。ハローとかナマステーみたいなものだ。

 ただし、難易度が高い。スワスティアストゥー!
 なんと7音節!! これは異常に覚えづらい。とっさにはなかなか出てこない。
 ヒンドゥー文化圏だから卍(スワスティカ)と関係あるのか…と思って、まず卍を想起し、それからアストゥをくっつけて、やっと完成。想起所要時間約5秒。事前に準備をしておかないと難しい。でも苦労の甲斐あって、バリ人の反応はなかなか良い。卍(スワスティカ)が難しかったら、「諏訪」を取っ掛かりにしても良い。
 正確には合掌しながらオム・スワスティアストゥーと言う。ここまでやるとかなりヒンドゥーっぽい。 

 アリガトウも覚えた。これは、スクスマという。
 これもとっさには出てこないので、事前準備が必要だ。取っ掛かりは福島。これを福島弁で発音すると、かなり近い。
 こちらも正確には、マトゥール・スクスマと言う。しかし難易度がグッと上がるので、想起所要時間も長くなる。
 
 ただ、残念ながら、この諏訪にしても福島にしても、オレは二度と口にすることはあるまい。
 なぜなら、バリに来られない身体だということが判明したからだ。
 オレの皮膚はめっちゃ過敏で、正体不明の昆虫によって悲惨な虫刺症に陥るのだ。バリは三度目だが、三度とも同じ目に遭っている。今回は二十年ぶりだったが、身体というものは変わらないものだ。悔しいから皮膚科に相談するかな。
楓橋夜泊
 姑蘇城外の寒山寺に遊ぶ。
 姑蘇というのは蘇州の別名で、上海の西、数十キロのところにある。
 寒山寺。オレは高校の漢文で習ったから、名前だけは知っている。
 中国人は小学校で習うので、みんな知っているそうだ。
 寒山寺という名前からして、閑寂な寺院をイメージしていたのだが、さにあらず。
 蘇州の街中にあって、中国人観光客でごったがえしている。
 日本の仏閣ならいちおうみんな礼拝するんだが、中国では違う。
 まずは観光名所だ。
 塔の上から屋根瓦にコインを投げたりしてな。トレビの泉じゃないんだから。
 案内してくれた中国の若者(三十代?)二人も、仏像を前に合掌したりしない。
 しかし、いちおう僧侶はいて、観光客の中にも仏に頭を下げる人はいる。

 夜半の鐘声客船に到る ―
 梵鐘の名所ということで、先ごろ、巨大な鐘が据え付けられた。
 三階建ての鐘楼にすっぽり収まるくらいのサイズ。
 おそらく世界最大の梵鐘であろう。
 有料で搗くことができるが、あまりに巨大なため、その音も超重低音。
 およそ鐘声の範疇を超えている。

 奥の法堂は資料室のようになっていて、書籍が並んでいる。
 中央のテレビモニターでは、中国僧が「六祖壇経」の提唱をしている。
 そういえばここは、寒山拾得にちなむ禅寺であった。
 中華六祖・慧能のことなど、この若者たちは知るまい。
 その法系が日本に伝わり、禅として今に伝わる。
 さすがに若者たちも、祖師・菩提達磨のことは知っていたが。
済州島平和祭
 というわけで、済州島の平和祭に参加してきた。
 東アジアの友好増進には、オレなりに努めてきたんである。かつてインドプーナのOshoコミューンにあった日韓中共同オフィス「ファーイースト・コネクション」も、その名称はオレの発案だったしな。(映画「フレンチ・コネクション」から取った)
 オレから見ると、日中、日韓が角突き合わせているのは、いかにも無駄なこと。
 近親憎悪なんだろうけどな。
 反韓デモやってるヒマあったら、まずはそのにっくき韓国に渡って、焼肉とマッコリやりながらじっくり敵情視察すればいいのだ。韓国の反日諸君についても同様。今オレは長崎に居るんだが、ここから見れば、東京なぞより韓国の方がよっぽど近いんだしな。仲間内で敵愾心燃やしてないで、まずは交流だろ。

 もっとも、敵愾心を燃やすのが目的ってこともあるからな。そういう場合、交流したら燃えづらくなるから、モトから交流は拒否かもな。
 平和祭に参加するような向きはオレも含めてもともと敵愾心なぞあまり無いわけで、そんな連中がいかに交流したところで、大勢にはあまり影響ないかも。

 ともあれ、オレたちはエイサー隊ということで参加。
 本隊は京都・綾部という僻遠の地にあり、先生役のオレやアノーシェは東京在住だから、練習もままならない。
 現地で当日朝、みんなを集めて直前練習したのだが、あまりの不揃いぶりに、こんなんで人前でやっていいのだろうかと暗澹たる気分。
 ま、しかし、本番は夜だし、踊りは型よりもエネルギーだからな。それなりの出来だったのじゃないかと思ふ。
 もともとオレがエイサーを始めたのは、かつて沖縄でウパニシャッド(喜納昌吉)&チャンプルーズのステージに触れてからだ。
 この晩はそのウパニシャッドも、知事選の期間中だったにもかかわらず(出馬しているのだ!)、プーシャン(キーボード)&亀田クン(ギター)ともども遠路はるばる駆けつけ、一時間ほど相変わらずの熱血ステージを繰り広げたのであった。今年66歳だと。選挙用に髭を剃っていたのでやや容貌は妙だったが、参院議員をしていた一時期より体も引き締まり、日韓の観客を大いに盛り上げていた。
 ステージ上で「沖縄と済州島は似た部分があるので、両島から日韓友好を図っていこう」と語っていたが、これはオレも同感だ。
済州島:蜜柑の宿
 済州島では三日間、ゲストハウスに宿泊。
 平和祭の実行委員(アノーシェ)に紹介された宿だ。
 会場から車で5分ほどの、静かな村中にある。
 ちょっとニューエージっぽくて、仏教マントラのCDが流れてたりして。
 ドミトリーと個室のあるシンプルな宿。
 女将は上品な感じの人だったが、残念ながら言葉が通じず、今回はお話する機会がなかった。でも英語のできるスタッフが何人かいるので特に問題はない。

 この宿の特徴は、傍らに蜜柑畑があること。
 済州島の南部は、韓国で唯一の温州ミカンの産地なのだ。
 それがこの時期、たわわに実っているのである。
 オレは信州出身だから、リンゴやブドウは慣れ親しんでいるが、蜜柑畑というのはホント珍しい。
 さして大きくない木に、オレンジ色の丸い玉があんなにも満載されているものか。
 宿のスタッフいはく、自由に食べて良いという。
 焼肉と酒を食らって戻ってきた時など、もぎたての甘酸っぱい蜜柑は格別である。
 今回の旅でいっちゃんウマかったかもな。宿の蜜柑が。
 出始めで少々時期は早いんだけれども、できるだけオレンジ色のを選んで食えばいいのだ。
 盛りの11月に来ればもっと美味かもな。(部屋は寒いかもしれないが)

 宿の女将やスタッフも平和祭に来てたから、違和感もないし。
 朝食から韓国飯で、旅情満点。キムチとか、エゴマ葉(たぶん)とか、韓国海苔とか、韓国味噌汁とか。
 近所には例の田舎飯屋があるし、珈琲のウマい洒落たカフェもある。
 済州島おススメ、蜜柑の宿。
 名前はわかんないんだけど、所在地は以下の通り。
 1778-3 Gasi-ri, Pyoseon-myeon, Seogwipo, Jeju-do
済州島の田舎飯屋
 旅の大きな楽しみのひとつがメシ。
 …というか、一番かもしれないな、オレの場合。
 中国や韓国の旅が魅力的なのも、メシがウマいからである。
 ただ、済州島に関しては、某書によると、あまり期待できないとあった。
 というのも、伝統的に女が一家の経済を支えているので、半島の専業主婦みたいに料理に腕を振るうヒマも文化も無いんだそうだ。

 かつて半島の田舎町で飯屋に入った時、付き出しの料理のものすごさに度肝を抜かれたことがあった。
 離島・済州と言えども韓国の一部。淡い期待を抱いて、とある夜、宿の近くにある村の飯屋に入ってみた。
 焼き肉屋のようである。けっこう人気みたいで、ほとんど満席。
 張り出された品書きはハングルだから読解不能。写真入りメニューなんて洒落たモノは無い。
 こういう時は周囲を見回して品定めする。
 左隣の夫婦者の卓上ではスキヤキ風の料理をジュージューやっている。
 ウマそうだったから、コレをよろしくと飯屋のオヤジに指さす。
 まず付き出しが運ばれてくるが、度肝を抜かれるほどではない。キムチとか、ごまめとか、四〜五皿。
 次いでメインディッシュの肉と野菜類が現れる。
 夫婦者のヨメの方が、四十歳くらいの人だったかな、我々の会話を聞いて日本人だと察したようで、焼き方などをいろいろ日本語で指導してくれる。
 肉や野菜に味噌をつけてサンチュ(韓国レタス)に巻いて食うと、コレが適当に辛くてすこぶる美味。ビールやマッコリによくあう。
 オレはまあ、インドに居るときはベジタリアンのまねっこをしたりするんだが、やっぱ、韓国で焼肉を食うと、ウマい。雑食性の遺伝子を受け継いでいるのだなあと再認識。

 食後、右隣の女子グループのひとりと英語で話す。
 半島の全羅道から来ているそうだが、この田舎飯屋は全国的に有名なのだという。
 この夜も、数十キロ離れた宿から、わざわざここまで食いにきたんだそうだ。
 どうりで小柄な女三人で焼肉を四人前は食っている。
 こんな田舎飯屋の何が特別なのかというと、豚の焼肉というのは済州島の名物なんだそうだ。
 そういえばかつて島では、黒豚が家の便所下で飼育され、ウンコ豚と呼ばれたりしたという。
 今はさすがにそういう豚はいないであろうが、ともあれ、特別な風土の下で飼育される豚の肉は半島のものとは違うのであろう。
 価格も驚くほど安い。すっかり味を占めた我々は、翌日も昼から同飯屋に繰り出すのであった。
 欲を言えばマッコリかな。今回、済州島の飯屋は三〜四軒トライしたが、いずれもマッコリはボトル入りの「済州マッコリ」で、まあスッキリ爽やかで飲みやすいんだが、半島でよく出くわすような個性豊かな自家製のをやってみたかった。
沓掛温泉
信州上田周辺には幾つも温泉がある。
名高いところでは、別所温泉とか鹿教湯温泉とか。
名高くないのが、沓掛温泉とか。
「くつかけ」と読む。

上田市の西方、青木村のどん詰まりにある。
母親が行きたいという。
別所ではなく、沓掛が良いと。
なぜかというと、猛暑だからだ。

別所温泉には石湯や大師湯など著名な共同浴場があるが、いかんせん熱く、浴後が思いやられる。
その点、沓掛温泉は比較的低温だ。
特に共同浴場「小倉乃湯」の浴槽のひとつは、40℃ないと思われる。
いつまでも入っていられる。

ほんとは体温くらいの湯温だと、身体が消失するみたいな瞑想的効果があるんだが⋯。
バルセロナの蝶々さん
バルセロナの市心にリセウという歌劇場がある。
ちょうど蝶々夫人がかかっていたので、観に行くことにする。
TicketMasterというサイトがあって、座席指定してクレジットカードで買う。
そのカードを劇場のBox Office(チケットカウンター)に提示すれば、チケットを発券してくれる。
これは非常に便利だ。

ただ、歌劇場だからな、ドレスコードが心配だ。
特に靴。オレのはインドで買ったサンダルだ。
Box Officeで足を振り上げ、「これで良いか」と聞くと、「ま、良いよ」と言われひと安心。
177ユーロもしたからな、入れなかったら大損害だ。
ともあれ、ヨーロッパでオペラ行くなら靴のひとつも持参しないと日本の恥かも。

上演一時間前に、劇場下のホールで作品の前説会が行われていた。
バルセロナの言語であるカタロニア語だったが、けっこうな人々が参加していた。
今どきのオペラハウスはこういう工夫も必要なのだろう。
劇場はかなり立派なものだった。
平土間も含め客席は六層。
原語イタリア語による上演だが、舞台上にカタロニア語の字幕が表示される。
各座席前にも字幕装置があって、カタロニア語、スペイン語、英語が選べる。
蝶々夫人は筋も単純でわかりやすいが、細かいやりとりなど、やはり字幕はあった方が楽しい。
日本語が良ければ、スマホなどに対訳を表示させ、最小輝度で参照すると良い。

しかし、いつ観ても悲惨なストーリーだ。
だいたい、現地妻が夫と正妻の出現により自刃するか!? 二十歳やそこらで。
ま、欧州人にとってのエキゾチック物だからしょうがないか。
この作品はとりわけ日本で親しまれているが、昨日(7/21)はここバルセロナでもほぼ満席であった。
やはり人気の演目なのだろうか。(泣いてる人もいた)
一番感心したのは演出。スクリーンを効果的に使って、簡潔にまとめていた。
カーテンコールに演出家が登場したら拍手しようと思っていたのだが、出てこなかった。
確かに、演出家が毎回劇場に出向く必要もあるまいな。
コベントガーデン(ロンドン)との共同プロダクションだという。
こんな真夏でもオペラ公演があるとは意外だった。さすがに八月は休みのようだが。

Cio-Cio-San: Amarilli Nizza
Suzuki: Gemma Coma-Alabert
Pinkerton: Roberto Aronica
Sharpless: Carlos Bergasa
Musical Director: Daniele Callegari
Stage Director: Moshe Leiser & Patrice Caurier