ぱるばか日誌 2017
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コナラクの寺
コナラクに行った。
インド西部、オリッサ州の海辺近くにある。
世界遺産にも登録されている、13世紀の石造大寺院だ。
なぜわざわざ訪ねたかと言うと、拙訳の中に出てきたのだ。
たとえば、Osho最後の説法集『禅宣言』第八章。

男女がいろんな姿勢で深く抱き合っている美しい像がある――カジュラホや、コナラクや、プーリーにある寺院にさえも……。あれほど美しい彫像はほかのどこにもない。

すなわち、ミトゥナ(交合)像だ。
寺院の外壁に、石造彫刻で、何百ものカップルが愛を交わしている。
抱き合ったり、キスしたり、性器を愛撫したり、合体したり、中には立位の69などアクロバティックなのも。
Oshoも言う通り、美しい彫像群だ。
こうしたものが寺院を華やかに飾っている。
すなわち、性エネルギーと法悦とは同質のものだということを語っているのであろう。
風化で見づらいが、静かな歓びを湛えた表情が良い。
性を抑圧・特別視している社会では、理解しがたいことかもしれない。
ご飯を食べるのと同じくらい自然にならないと。

もうひとつ、拙訳の中にこんなのが出てくる。ヴィギャン・バイラヴ・タントラ第一巻第七章だ。ちょっと長いんだが引用すると;

ユングは自叙伝の中で、じつに素晴らしくて愉快な出来事を回想している。彼はインドへ来てコナラクを見にいった。コナラクの寺院には数多くのシヴァリンガ、つまり男根像がある。案内のインド人学者はシヴァリンガ以外はなんでも説明してくれた――だがあまりにたくさんあったので、とても避けきれなかった。ユングはよく承知していたが、その学者をからかおうと、ひっきりなしに尋ねた、「ところで、これはなんですか」。そこでついに学者はユングの耳許にささやいた、「ここでは聞かないでください。後でお話ししましょう。大声では言えないことです」

きっとコナラクの寺院にはシヴァリンガがニョキニョキと林立しているんだろう ― 。
と、ずっと思っていた。
それで期待していたんだが、結局、ひとつもなかったように思う。
そもそも内陣には入れないのだ。
百年前に、遺跡保護のため、内部に土砂を詰め込んで封鎖したのである。
コナラクではなく、きっと別の寺院なのであろう。
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