ぱるばか日誌 2017
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釜山博物館
 今、釜山に居る。
 ここは世界でもじつにユニークな場所だ。
 というのも、我々にとって世界で一番近い外国だからだ。
 それゆえ、昔から日本との関わりも深い。
 地理的な近さから日本人の来訪も多く、街には至る所に日本語の表記が見られ、日本語を解する人も多い。

 そんな釜山の歴史をじっくり勉強できるのが、市立の釜山博物館。
 ここはかなり面白い。
 先史時代から近現代に至るまで、広汎な展示が行われている。

 中でもやはり日本との関係が目を引く。
 考古学資料では、日本から渡来した縄文土器や、黒曜石の遺物などが登場する。新石器時代の昔から日本列島と朝鮮半島との間には交易があったのだ。
 そして、日本関係の展示がクローズアップされるのが、文禄・慶長の役、すなわち秀吉の朝鮮侵攻からだ。こちらでは壬辰倭乱と呼ばれる。釜山がその上陸地となり、大きな被害を受けたらしい。
 その後、江戸時代になると、外交使節である朝鮮通信使が釜山を基地として日本へとたびたび派遣される。使節団員の4分の1ほどが釜山の人間だったという。
 また釜山の一画に、ちょうど長崎の出島のような「倭館」が設けられ、日本人が居留し、日朝間の貿易に携わっている。
 朝鮮通信使は江戸鎖国期の文化交流として日本でも大きな歓迎を受けたようで、そのあたりの展示はほのぼのとしている。
 そして、時代は明治へと移り、日韓併合、植民地支配へと進むにつれ、雰囲気も重苦しくなる。
 展示は更に、日本の敗戦による独立(韓国では光復と呼ばれる)、さらには朝鮮戦争、戦後の復興と成長へと展開していく。
 朝鮮半島の歴史とともに、韓国第二の都市・釜山の成り立ちについて、ところどころに日本語の解説も交えつつ、いろいろ工夫して展示されている。

 ま、歴史も歴史だからな、国家としての団結を図るため日本を敵役にしているという面もあるが、それはお互い今後の課題であろう。
 我々が中学や高校で習った「任那」の記述がまったく無いのも特徴的。釜山もおそらくその「領内」にあったはずだが。その代わり、「伽耶」という国があったということになっている。

 歴史的な美術工芸もいろいろ展示されているが、やはり出色は半島の磁器であろう。
 高麗白磁や青磁、李朝の粉青沙器や白磁。これらは日本でも珍重されたものだ。このあたり、日本と朝鮮の趣味に共通するものがあるように思う。
 先進地・中国の磁器は、オレに言わしむれば、12〜3世紀・南宋で美の頂点に達する。その後、時代が下るにつれ技術的な精緻を極めて行くんだが、だんだん面白くなくなる。
 その点、朝鮮半島は、18〜9世紀になっても、ただの白磁を焼いている。このあたりがすばらしい。

 というわけで、なかなか良い博物館である。
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